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*今日は こんなこと あった*
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この2つを並べて「泰衡さまと将臣」と呟いたのは私だけではないはずだ。
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昨日クレオール料理というものを食べてきました。美味しかったので家でも作って旦那とチビに食べさせようとレシピを探したら、シュリンプ・クレオールというのがとても美味しそう。
足りない材料があるので、買ってきて、ちょっと練習してみようと思ってます。

今朝のご飯はお好み焼き(笑)
昨夜の夕飯が豚カツだったので、千切りキャベツが余ってしまって。ちょうど山芋と桜海老と天かすがあったのでそれを混ぜ混ぜ~。美味しかったv



昨夜はこそりとアンダーグラウンドな絵茶がございまして、絵が描けないのにお呼ばれしたキリ、ウハウハ目福な絵をたくさん見させて頂きました。
ブラボーでしたよ、九郎のフリル衣装を着たチモが(大爆笑)
その方、他にも泰衡さまや譲や将臣にもあのフリルを着せてくれて、隣りに本元の九郎が「お揃いなのか?」と言いながら立ってて、もうもうもう、お腹の皮がよじれるかと。
笑っちゃうくらい似合わないの、チモと泰衡さまは、フリルが。
譲は変に見えないから不思議。
将臣は微妙なかんじでした。フリルが白だったからいけないのか・・?赤だったらどうだったんだろう。


うちの庭に咲いたものだけれどと、菜の花と水仙を貰ったのは桜が咲く前でした。upし損ねていたので改めて。
どちらも春を告げる優しい花。大好き。匂いも好き。
歌は両方とも与謝蕪村から。好き。

菜の花や 月は東に 日は西に

水仙や 寒き都の ここかしこ

菜花が日本に来た起源は古く、弥生時代と言われているそうです。種油をとるためだったとか。その後、セイヨウアブラナが江戸だったか明治に入ってきて、押され、数を減らしたよう。
水仙も古いです。平安末期から鎌倉初期にかけてといわれています。一般家庭の庭に出回り始めたのは江戸時代頃から。寒さに強いし、あまり手をかけずとも育つから、きっと好かれたんでしょうね、あっというまに全国に広まったようです。名前の由来は、「天仙、地仙、水仙」の水仙から。清々しい姿と芳香がまるで仙人のようだというところかららしいです。

水仙の詩で好きなものがあるので1つ。ちょっと長いんですが。
この詩に出会ったのは中学生のときでした。
なんて綺麗で可愛い詩だろうと思いました。
それからは、水仙をみるたびにこの詩を思い出します。忘れられない詩の一つです。

『水仙』  三越左千夫

彼は 花のなかで
水仙が一番すきだといった
変ですかと笑った

彼は わたしをすきだとは
ひと言もいわなかった
ただ白い水仙のようだといった

白い水仙を わたしは
すこしさびしい花だと思っていた
わたしにさびしい影があるのかしら
ふと心がかげったが

彼は 水仙を
さびしい花ではないといった
かわいいラッパで 寒さのなかから
春を呼ぶ花だといった

春を呼んだのかしら
呼ばれたのかしら
それからしばらくして
わたしは彼の水仙になった
職場に新人さんがたくさん入ってきました。
今年の歓迎会は私ともう一人が幹事を。

「なにがいー?」
「なんでもいーよー」×十数人
「和食は?」
「私お刺身ダメ」「日本酒飲めない」「蕎麦大嫌い」
「中華は?」
「ダイエット中だからやめて!」×数名
「多国籍っていうのはどう?」
「訳のわかんないものはニガテだ」
「イタ。」
「あ、私ダメです・・ごめんなさい」

みんな!なんでもよくないじゃん!!

結局、今日やっと刺身が出ないコースで割烹に決定。お店も予約してきました。
二次会の予約もオゥケイ。
さあ皆!次の日声がでないくらい歌うわよ!
来週が楽しみです。
仕事は忙しいけど。
いま、ほんっと自分の時間取れない。

ところでキリ、先日連れていってもらった天麩羅屋さんで食べたかきあげが超美味しくて、いっぺんに桜海老が大丈夫になりました。家でも試行錯誤しながら、こうかなーこんなかんじかなーと美味しいかきあげ作りにチャレンジしてます。だって遠いんだもん、お店。自分ちで作って食べたい。
この歳になって苦手なものが克服できるとは思わなかった。
後はチーズケーキだけなんだけど、こっちは年季はいってるからな~。


山吹が咲いていました。『遥か1』myファースト泰明さんに捧げますv

山吹を詠んだ歌はたくさんありますが、印象的で心にズンと残っているのはこの歌。

山吹の立ちよそひたる山清水 汲みに行かめど 道の知らなく
万葉集 高市皇子

簡単意訳:
山吹がまるで飾るようにほとりに咲いているというその山の泉の水を汲みに行きたいと思うけれども、私は道を知らない。

この歌は背景を知らないと美味しくない歌だと思います。
ので、蛇足ですが補足を。

高市皇子のこの歌は、異母姉の十市皇女のために詠まれています。
”黄色い花が淵辺に咲いている泉”といったら、ピンとくる方も多いと思いますが、ハイ、黄泉の国のことをさしています。つまり、十市さんは死んじゃって、これは挽歌になります。

『ギルガメシュ』(古代シュメール)のなかに見える伝説に、”西方に生命が復活する泉があり、そのほとりには金色の花が咲いている”というのがあるんですが、これが、シルクロードを通ってこの頃の日本にも伝わっており、高市皇子は黄泉とその泉をかけているのだと一説にあります。

ということで、そういう背景込みで意訳すると、
「姉の十市が死んでしまった。なんということだ。私は皇女の命を復活させることができるといわれている泉に水を汲みに行きたいのに、そこへの道が解らない」
となります。哀切です。
高市さんは万葉集に三首残していますが、いずれも十市のことを詠んでいます。
仲の良い姉弟だったんでしょうか。

八重咲きがまだ咲いていなかったので写真がないんですが、もう二首。

花咲きて実は成らずとも長き日(け)に思ほゆるかも山吹の花
万葉集 詠み人知らず

簡単意訳:
花が咲いても実はならないけれども、長い間待ち望んだ山吹の花。

実は成らずというところからこちらは八重の山吹。
一重も八重も古来から人々に愛されていたんですね。


われがなほ折らまほしきは白雲の八重にかさなる山吹の花
和泉式部

簡単意訳:
私がやっぱり手折りたいと思うのは、あでやかに八重に重なって咲く山吹の花ですわ。

補足:
この頃、「手折る」という行為は、花の生命力を自分に移すための呪術的な意味もありました。この花のように華やかに、あでやかに、綺麗になりたい、ありたいと思うのは何時の時代の女も一緒。この花のようにあの人に愛されたいと思うのも。
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